今夜も飲もう。酒乃草子♪

世界の酒の征服をめざすぞ

織田信長は酒豪、明智光秀は下戸

酒乃草子です。

今日もワイン飲んでます。今日はニュージーランドピノノワールです♪

ニュージーランドに行ったことあるけど、その時はワインの魅力がわかっていなかったのでただ「飲んでみた」だけ。今思うと非常にもったいない💦 

 

ニュージーランドってラムが美味なんですよね〜しかも大盛りプレートで登場😅😅え、これが「一人前?」と驚愕するほどのボリュームです。そんな巨大プレートをニュージーランドの人たちは軽々と平らげちゃうんですよね・・欧米ってすごいわ。

 

 

その時は1人で食べ切って、一緒にいた友人を驚かせていたものです・・

 

今は・・ちょっと年齢的に無理かなあ・・あの頃は20代だったからできたのであって・・

 

そうそう、本題に戻します!

 

去年は大河ドラマ麒麟がくる」が話題になっていましたね。

主人公が、あの織田信長の家来であった明智光秀

 

・・もうわざわざ説明する必要もないほど、かなり有名な織田信長明智光秀。(歴史が嫌いな人でも名前は知ってるかと)

 

本能寺の変で、明智光秀が謀反を起こした理由は、実は今もよくわかっていません。

 

あらゆる歴史家が、証拠や資料をしらみ潰しに研究しても、まだ不明なのです。

理由はいくつかあるのですが、明智光秀本人が心境を表した資料が残されていないのが大きな理由かと思います。

 

おそらくみなさんが聞いたことあるのは、下記ではないでしょうか?

 

豊臣秀吉を寵愛するあまり嫉妬した説

・横暴な信長に愛想を尽かしてしまった説

・前日、念入りに用意した食事に難癖をつけられ、逆上した説(特に有名な説)

 

最近は「黒幕説」が有力になってきて、黒幕に徳川家康豊臣秀吉なども挙げられています。

 

例えば・・本能寺の変を知った豊臣秀吉が、当時戦っていた毛利氏と休戦し、明智を討ちに行った→「山崎の戦い」と呼ばれているのですが、たった3日間でここまでやるのはどうも不自然だ。いくら頭のキレる豊臣秀吉でもそんな離れ業はできまい。

 

豊臣秀吉はあらかじめ明智光秀が謀反起こすのを知っていたのではないか?

 

だけど、

 

謀反を起こした明智を討てば、自分が天下を握れる・・だからあえて見て知らぬふりしてたのか、黒幕として明智を唆したか、2つの説が有力になりつつあるようです。

 

徳川家康も同様の理由で怪しまれています。

徳川家康の場合、伊賀の忍者と強い関係を築いていて、本能寺の変が起きる前後、何故か忍者たちと行動を共にしているので、徳川家康も何かしら知っていたのでは?と・・

 

ですが、確実な証拠が出てこないので、今も「あーこー」と論争が絶えないわけです。

 

徳川家康豊臣秀吉のどっちが怪しい?と言われたら私は豊臣秀吉」と答えますね😅

 

だって目的達成のために、あらゆる策略を練るところあるではないでしょうか??計算高い

 

織田信長だったら「鳴かぬなら殺してしまえ」ですし、徳川家康だったら「鳴くまで待とう」ですね。

 

あ、話脱線しちゃいました。

 

明智光秀が謀反を起した理由は、単に嫉妬したとか、逆上した、とかそんな単純な理由ではなく、積年心の中で思うものがあって、あらゆる事件が重なって、とうとう暴走してしまった、のが1番近いかな?と私は思ってるのですが、どうでしょうか?

 

その、明智が織田に対して色々思うことはあったでしょうけど、その中に酒も大きいのでは?という話があります😅

 

 

・・織田信長は酒好き、酒豪としても記録が残っています。

 

何より、妹の嫁ぎ先浅井氏を討った後、事もあろうに浅井氏の頭蓋骨を金箔盃にし、酒を嗜んだ説や、浅井氏の首を前に酒を飲み楽しんだ説など飛びかっていますが・・どちらにしても織田信長の性格が表れていますね💦😭

 

・・一方、明智光秀は酒飲めなかったようです。下戸。

 

なので、宴会などで織田が明智に「呑め」と勧めると明智は一旦断ります。

 

するとたちまち織田の機嫌が悪くなって、「飲めないのか!!!飲めよ!!」

 

仕方なく明智は飲むんですが、元々飲めないものですから具合悪そうにしていると、

ますます織田がキレて・・・という史実は残っているようです。

 

それが本能寺の変につながった、とは考えすぎですが、こういうことも要因にはなったんじゃないかな。。。。って思ってます。

 

 詳しいことはこちらの本に書いてありました。

他にも歴史の中の酒のことがわかって割と楽しめました👇

酒が語る日本史 (河出文庫)

酒が語る日本史 (河出文庫)

 

 

ではでは🎶